口の形で発音を学ぶのは間違い

口の形で発音を学ぶと言う方法は非常に古い英語学習方法です。

ハミングバード

英語発音矯正ハミングバードは、アメリカ・ロサンゼルスの研究所で日本人のために開発された英語発音学習です。またそのメソッドに基づく英語発音スクールの名称です。発音する時の「口の形と舌の位置」をまず規定し、「その動きとしての発音」を「見て真似る」ことで身につける画期的な方式です。 20年以上の歴史と実績を有し、10,000人以上の修了者が全米・日本を含む世界各国で活躍しています。 現在日本においてはロゼッタストーン・ラーニングセンターのもと、東京では新宿校・銀座校・池袋校が、大阪では梅田校・難波校が開校しております。

http://www.humbird.co.jp/

視話法

英人Alexander Melville Bell(1819-1905) が1867年に出した新記号Orgnic Alrhabet を宣伝するために書いた簡潔な音声学書であります。彼は電話を発明したグラハム・ベルの父になります。彼の新記号というのは、発声発音における生理器官の部分部分を示唆した形でアルファベットを考案したものもので、彼自身はこれをUniversal Alphabet(世界字母)、又はPhysiological letters(生理学的字母)と呼んで組織的に案出されましたが、息使いや声門状態を連想しなければならないところから、暗記も活用も実用的でなく、現実にはほとんど使われずに終わってしいました。

しかし視話法は日本ではかなり注目されたのは、日本の開国にあたりこの方法に注目した先進的な人がいたからです。1869年(明治2)年に東京に来た伊沢修二は、本も読めるし実際に話せもする正則英語を勉強したいと思い、中濱(ジョン)萬次郎を発見して通いつめました。中濱が普仏戦争視察団に同行して不在となると、アメリカ人宣教師について勉強しました。

日本の明治の発音学習

明治の人達も正しい発音を身に付けるために大変な苦労をしています。グラハム・ベルは1876年にフィラデルフィアで開催された建国100周年万国博覧会に自作の電話機を出品し、公開実験なども行い、一躍名声を得ました。その博覧会に、二人の日本人が見学に来ていました。後に帝国憲法の草案者、そして日露講和条約締結の立役者となる金子堅太郎と、現東京芸術大学の初代校長で作曲家でもある伊沢修二です。

伊沢達はフィラデルフィアの博覧会場で不思議な文字の掛図をみかけ、彼は博覧会の理事に掛図の説明を聞き、「聾唖者に発音を教える文字」であると知ると、考案者のグラハム・ベルをボストンに訪れ、「聾唖者にさえ発音させる」ことのできるなら自分の「非常に悪い」英語の発音を矯正してくれるに違いないと教を願いました。ベルの発明した電話で最初に通話された外国語は日本語である可能性が高いようです。

その後、伊沢修二は「視話法」19011年(明治34年)で、ベルの教えに基づいて音声並びに音声教育を説いています。

遠藤隆吉の「音字視話発声学」は1906年(明治39年)に出て、当時稀なる文献中にあって、音声学啓蒙の役割を果たしました。伊沢はグラハム・ベルの「視話法」をもとに吃音矯正法や、国語正音法を開発し、また台湾での日本語教育に活用しました。

口の形が大事であると言う教え方は既に日本の開国の時代に日本にきており、紹介されていたのです

音声認識は事例基盤

英語で口の形が大事であると言うのはずっと昔、つまり明治の初期の話しです。言語音とか音声認識とかがあまり良く理解されない頃の話です。

しかし、もう音声認識は事例基盤と証明されています。つまり音声には音声学で説明する音素は並んでいません。音素が並んでいないと言う事は口の形はあまり関係ありません。英語の腹話術師は日本語の腹話術師と同じように、ほとんど口を動かさずに全ての音を発音できます。

つまり口を動かさないでも聞きとれる音が出せると言うのは、いかに口の形が英語や日本語の発音とは関係ないかが分かります。

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